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Simple and Worthy LIFE

シンプルライフ、時々贅沢。

上野の東京都美術館で大人気のモネ展で絵画「睡蓮」を見て感じたデジタル世界が目指すべきところ

上野の東京都美術館でモネ展が活況です。
連日大人気で入場までに少し待つ必要もありますほど。

なぜわざわざ上野まで赴いて、入場料を払って、混雑の中、
本物の絵画を見るのでしょうか。
今時、絵画は写真や画像でかなり鮮明に、かつ手軽に楽しむ事ができます。
それでも払うその労力の理由について考えてみました。

 

フリーなデジタルコンテンツと価値のあるリアルコンテンツ

コンテンツビジネスではフリーミアムの概念が少し前からもてはやされています。

例えばミュージシャンの収益源。
一昔前ならCDやDVDの販売で利益を得られますが、
今はネットで自由に無料で見れるため、
ライブ等のリアルという「クオリティ」にお金を払ってもらう必要があります。
絵画でも同様のメリットがあり、それを今回大いに感じました。

モネの睡蓮を絵画で見る事はアーティストのライブのような臨場感

いままで「睡蓮」は写真や画像でしかみたことがありませんでしたが、
本物を見たときの衝撃はすごくて、
モネの絵画も、この「アーティストのライブ」と同じだけのメリットを
見るものに与えると感じました。
もちろん、「睡蓮」は静かな水面に浮かぶ睡蓮を描いているので、
音は非常に静かですが、
ここで言いたいのは「その場に立っている」という臨場感です。
写真のように鮮明な絵でもないのに、
自分が本当に水面から睡蓮を眺めているような「体験」ができるのです。

 

立つ位置で見え方が変わる!?

何がそんなに違うのでしょうか。
なぜなら、モネの絵画は、見る距離、角度、光の当たり方で
全く違う表情を見せるのです。
離れた時と近づいた時で見え方が異なり、
少し離れて見た方がよりリアルに感じられます。
近づけば近づくほど、ぼやっと書かれた荒さが際立ち、
リアリティが失われます。
また、少し横から見ると、透き通った水に浮かぶ睡蓮が
立体的に見え、水面に写る風景から睡蓮が浮き上がっている様子が
非常にリアルに見えます。

正面に立つと、水の透明さとその下の水草とが程よくバランスし、
実際に川辺に立って透明な湖を覗き込んでいるときの感覚が、これまたリアルに感じられます。

 

キャンバスの上の「リアルな世界」

キャンバスに置く絵の具の量、秀逸なぼかしにより、
絵の具の厚みが光を反射し、キャンバスから浮き出して見えるのです。

そして見る者は、あたかも池の中に立っているかのような強い感動を受けます。
しかし、近づけば近づく程に絵が抽象化されていき、
形がぼやけて分からなくなります。
それでも、「睡蓮」の庭を目の前で非常に鮮明な画像もしくは写真で見ても、
絵画の「睡蓮」ほどにはリアル感を感じないでしょう。
つまり、画像のきめの細かさだけを追求していても、
「本物に近い体験」はできないのです。

 

この体験は現在のネットコンテンツでは表現しきれていません。
逆に言うと、このモネの「睡蓮」が表現する感覚を
デジタルで表現できるようにすることが我々のひとつの目標になるのだと思います。